脱怠惰

毎日書こうとすると続かないので、気が向いたら書く

好きな一節 前回から2026/07/12まで part2

多かったから2個目

長すぎる!

 

・職業としての編集者

【↓これまじですごすぎる】

そもそも、どういう事実や思想を世の中に伝えねばならないか、どういう知識を広めねばならないか、どんな学者や思想家を社会に紹介しなければならないか、どういう人にどういう著作を書いてもらわねばならないかーこういう問題を考えて判断してゆくのが編集者というものの本来の仕事ですけれど、同時にそれだけでなく、それが実際に本となって市場に出てゆき、読者に読まれて、その内容が読者の精神に取り入れられるための、いろいろな条件も十分に考えあわせることができなければいけないのです。

 

私の半生は、私のように大学を出た仲間、私のような階級に生まれた友だちにくらべると、ずいぶん苦労の多かった半生でしたけれど、この世の中の大多数の貧しい人々にくらべたら、それですら恵まれたものといわねばなりませんでした。しかも、その人たちのおかげで、私は長い間、自分の好きな学問もやって来られたのです。いまや、こういう時勢にめぐりあって、そういう人々の運命にかかわる事柄について、少しは本当の報道を伝え、正しい世論を作りあげるのに役立つことができるのだとすれば、いそがしいというくらいのことは、どんなにでも我慢のできることだと思わねばなりませんでした。

 

・おもちゃの指輪がほしいねん

手紙を書くというのは本当にいいアイデアだと思います。あなたに伝えたかったうちの想い、あなたかか好きだということを、一番最初に書くことでこれまでの混沌が嘘みたいに整理されたんです。「大好き」という軸さえあれば、他はできるだけ、たわいもないことがいいです。たわいもなさの中にこそ、「大好き」が光り輝くから。正解も結論もない、役に立たない色んなこと。それを少しでもカオルさんと共有できたらどれだけ楽しいやろうか。

 

「明日の予定はあるの」「いえ、ありません」という会話をしたかった。あるいは「今日は帰りたくありません」と言えるうちの大胆さに期待しました。そんな大胆さはどこにも持ち合わせていないにもかかわらずです。うちが中学生の頃から憧れる情景や好きな女性とのやり取りは、いつだっていつかどこかで見たメロドラマのようでした。みんな、陳腐なものをありきたりだ、つまらない、くだらないと言います。でもうちは陳腐が好きです。陳腐であればあるほどいい。この世界から陳腐な物事がなくならへんのは、陳腐にこそ「本当」があるはずやから。

 

・読者ハ読ムナ!

編集者は最終的なアウトプットでしか判断しません。だけど、それは読者も同じだから。作家が何を考えてそうしたのかとか、どのくらい時間をかけたのか、そんな途中経過は知ったこっちゃないんですよ。編集者がそこで妥協したら、読者に「なんじゃこりゃ」って思うようなものを出すことになっちゃうわけでしょう。それはできない。新人に対して簡単にドアを開けちゃう編集者はよくない編集者だと思う。結局、1回連載を取れたところで、あとからその新人は苦労する。だから「壁」扱いされても「門番」扱いされて作家に嫌われても、厳しくしますよ、そりゃあね。

 

「好き」には、本人だけの「こうあるべき」が凝縮されているんだ。「おれ、〇〇が好きなんだ」というところは、他人からどう言われても動かないところだから。そこが個性で、そこを伸ばさなきゃいけない。好きな漫画、好きな映画、好きな本は?.....って、ここに入ってきたとき聞いただろ?それこそが、個性なんだよ。つまりキミの「オリジナリティー」そして「武器」。

 

「門番」としての編集者の気持ちをクリアするのが第一関門。その向こうに広がっているのが大読者。大読者は、編集者どころじゃなく厳しいよ。すっっっっっげーおもしろい漫画を描かないと、食いついてきてくれない。興味を示してもくれない。読んですらくれない。

 

・女生徒

机に頬杖ついて、ぼんやり窓のそとを眺める。風の強いゆえか、雲が綺麗だ。お庭の隅に、薔薇の花が四つ咲いている。黄色が一つ、白が二つ、ピンクが一つ。ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの。

 

「お父さん」と呼んでみる。お父さん、お父さん。夕焼の空は綺麗です。そうして、夕靄はピンク色。夕日の光が靄の中に潜けて、にじんで、そのために靄がこんなに、やわらかいピンク色になったのでしょう。そのピンクの靄がゆらゆら流れて、木立の間にもぐっていったり、路の上を歩いたり、草原を撫でたり、そうして、私のからだを、ふんわり包んでしまいます。私の髪の毛一本一本まで、ピンクの光は、そっと幽かにてらして、そうしてやわらかく撫でてくれます。それよりも、この空は、美しい。このお空には、私うまれてはじめて頭を下げたいのです。私は、いま神様をじます。これは、この空の色は、なんという色なのかしら。薔薇。火事。虹。天使の翼。大伽藍。いいえ、そんなんじゃない。もっと、もっと神々しい。

「みんなを愛したい」と涙が出そうなくらい思いました。じっと空を見ていると、だんだん空が変ってゆくのです。だんだん青味がかってゆくのです。ただ、溜息ばかりで、裸になってしまいたくなりました。それから、いまほど木の葉や草が透明に、美しく見えたこともありません。そっと草に、さわってみました。

美しく生きたいと思います。

 

美しさに、内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。きまっている。

 

・苦海浄土

安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば、生者たちの欺瞞のために使われる。

 

どのようにこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの陽にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。

そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱりいで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。

自分の体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏んばって立って、自分の体に二本の腕のついとって、その自分の腕で櫓を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺんー行こうごたる、海に。

 

水俣病事件もイタイイタイ病も、谷中村滅亡後の七十年を深い潜在期間として現われるのである。新潟水俣病も含めて、これら産業公害が辺境の村落を頂点として発生したことは、わが資本主義近代産業が、体質的に下層階級侮蔑と共同体破壊を深化させてきたことをさし示す。その集約的表現である水俣病の症状をわれわれは直視しなければならない。

 

・1R1分34秒

日常を生きながら、腹一杯食えるよろこびを味わいながら、当たったかもしれなかったパンチ、避けられたかもしれなかったパンチ、耐えられたかもしれなかったダメージ、これをしておけば勝てたかもしれない練習、それをしておけば勝てたかもしれない心がけ、そのような実のない思考に陥りながら、自問自答をふくめて「おまえはあたまで考えすぎなんだよ」とあと何万回いわれるだろう?でも空が青い。

 

才能?気がついたら泣いていた。ジワッと汗ばんだ肌に溶けて、みえない涙。そのことばを信じたい。だけど信頼まであと一万光年。ニラウンド終了のブザー。あとはなにもおぼえていない。

 

・蹴りたい背中

力強く言われて、不覚にもじんときた。先生から目をそらしながら、泣きそうになる。

やっぱり先生は嫌いだ。

認めてほしい。許してほしい。櫛にからまった髪の毛を一本一本取り除くように、私の心にからみつく黒い筋を指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい。

 

・School girl

ものごとを見た目で判断してはいけないと世間はやかましく言う。でも本当にルッキズムが完全に存在しなくなったら、花の立場がない。美しいだけが取り柄の花は価値がなく、摘まれたほうがよいというのだろうか。もともと花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛したのも人間なのに、今さら話が違うじゃないか。

 

でも彼を良い人たらしめているのは、彼自身の良さによるものじゃない。ただ当然の結果として良い人になっただけだ。精神的、経済的に安定した親が二人も揃っていれば、そんなの普通に生きているだけでもう、悪い人になりようがないじゃないかと、ことあるごとに思ってしまう。生まれたときから良い人になることが約束された人が振りまく、邪気のない愛情が癇に障ってしかたない。

 

何気ない雑談を額面どおりに受け取ってくれる素直な人って、最近はもうどこを探してもいない。何風の何、なんて考えだしたら何風の何風の何風の何風の・・・・・といつまでもきりがない。いろいろな立場のいろいろな事情に配慮した、誰も傷つかない言葉を追求していくと、誰も自分のことなど説明できなくなる。

 

・修辞的思考

私は、この本を、何よりも国語教師のための「啓蒙書」として書いた。これによって、ある言語作品のもつ説得力を、すべてレトリック、技巧の問題に還元して論じ切る姿勢と方法とを伝えたかったのである。しかし、啓蒙書だからといって、そのレヴエルを学術論文よりも落とすつもりは毛頭なかった。読者に本を選ぶ権利があるように、著者にも読者を選ぶ権利があるなどと考えたからではない。レヴェルを落とさぬ啓蒙書を書くことによって、私自身の修辞的思考が試されると思ったからである。だから、もし本書が読みにくかったとすれば、それは私にとって大変辛いことだ。もっとも、『修辞的思考』という書名に興味をひかれてこの本を手にしたほどの読者であるなら、必ず中身も気に入ってもらえるであろうことは信じて疑わないのであるが。

好きな一節 前回から2026/07/12まで part1

いい言葉

配属されてから忙しくて本読めてない

 

・1973年のピンボール

「今はどうなの? 恋人はいるの?」彼女が訊ねた。

僕はしばらく考えてから双子を除外することにした。「いや」と僕は言った。

「寂しくないの?」

「慣れたのさ。訓練でね」

「どんな訓練?」

僕は煙草に火を点けて、煙を彼女の五十センチばかり頭上に向けて吹いた。「僕は不思議な星の下に生まれたんだ。つまりね、欲しいと思ったものは何でも必ず手に入れてきた。でも、何かを手に入れるたびに別の何かを踏みつけてきた。わかるかい?」

「少しね」

「誰も肩じないけどこれは本当なんだ。三年ばかり前にそれに気づいた。そしてこう思った。もう何も欲しがるまいってね」

彼女は首を振った。「それで、一生そんな風にやってくつもり?」「おそらくね。誰にも迷惑をかけずに済む」

「本当にそう思うんなら」と彼女は言った。「靴箱の中で生きればいいわ」

 

「おやすみ」と鼠は言った。

「おやすみ」とジェイが言った。「ねえ、誰かが言ったよ。ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲めってね」

鼠は、ジェイに向って微笑み、ドアを開け、階段を上る。街灯が人影のない通りを明るく照らし出している。鼠はガードレールに腰を下ろし、空を見上げる。そして、いったいどれだけの水を飲めば足りるのか、と思う。

 

 

「ピンボールは上手いの?」

「以前はね。僕が誇りを持てる唯一の分野だった」

「私には何もないわ」

「失くさずにすむ」

彼女がもう一度考え込んでいる間に僕はスパゲティーの残りを食べた。そして冷蔵庫からジンジャー・エールを出して飲んだ。

「いつかは失われるものにたいした意味はない。失われるべきものの栄光は真の栄光にあらず、てね」

「誰の言葉?」

「誰の言葉かは忘れたよ。でもまあそのとおりさ」

「世の中に失われないものがあるの?」

「あると言じるね。君も信じた方がいい」

「努力するわ」

「僕はあるいは楽観的すぎるかもしれない。でもそれほど馬険じゃない」

 

・ねじまき鳥クロニクル

外に出て仕事を持つというのは生易しいことではない。庭に咲いているいちばん綺麗な薔薇の花を一本摘んで、それを通り二つ隔てた先で風邪で寝込んでいるおばあさんの枕式に届けて、それで一日が終わるというような平和でこぎれいな代物ではない。ときにはろくでもない奴らと一緒にろくでもないことをしなくてはならないこともある。どうしても家に電話を入れる機会を捉えることができないという場合だってある。「今夜は帰りが遅くなるから」という電話を家にかけるくらい三十秒あれば足りる。電話なんてどこにだってある。でもそれができないこともあるのだ。

 

「でもね、ねじまき鳥さん、人生ってそもそもそういうものじゃないかしら。みんなどこかしら暗いところに閉じ込められて、食べるものや飲むものを取り上げられて、だんだんゆっくりと死んでいくものじゃないかしら。少しずつ、少しずつ」

僕は笑った。

「君は君の歳にしては、ときどきものすごくペシミスティックな考え方をするね」

「そのペシなんとかってどういうこと?」

「ペシミスティック。世の中の暗いところだけを取り出して見るっていうことだよ」

ペシミスティック、と彼女は何度か口の中で繰り返した。

「ねじまき鳥さん」と彼女は僕の顔をじっと睨むように見上げながら言った。「私はまだ十六だし、世の中のことをあまりよくは知らないけれど、でもこれだけは確信をもって断言できるわよ。もし私がペシミスティックだとしたら、ペシミスティックじゃない世の中の大人はみんな馬鹿よ」

 

「私はまだ子供だし、結婚がどういうものかなんて知らない」と笠原メイは言った。「だからあなたの奥さんがどういう気持ちで他の男の人とつきあって、あなたを捨てて家を出ていったかなんてもちろんわからない。でも今の話を聞いた限りではね、あなたはそもそもの最初からちょっと間違った考えかたをしていたような気がするの。ねえ、ねじまき鳥さん、あなたが今言ったようなことは誰にもできないんじゃないかな。『さあこれから新しい世界を作ろう』とか『さあこれから新しい自分を作ろう』とかいうようなことはね。私はそう思うな。自分ではうまくやれた、別の自分になれたと思っていても、そのうわべの下にはもとのあなたがちゃんといるし、何かあればそれが『こんにちは』って顔を出すのよ。あなたにはそれがわかっていないんじゃない。あなたはよそで作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとするあなたのつもりだって、それもやはりどこかよそで作られたものなの。ねえ、ねじまき鳥さん、そんなことは私にだってわかるのよ。どうして大人のあなたにそれがわからないのかしら?

それがわからないというのは、たしかに大きな問題だと思うな。だからきっとあなたは今、そのことで仕返しされているのよ。いろんなものから。たとえばあなたが捨てちゃおうとした世界から、たとえばあなたが捨てちゃおうと思ったあなた自身から。私の言ってることわかる?」

 

私の両親は二人あわせて雨蛙一匹くらいの想像力しかない人たちだけれど、私が何かを本気で言いだしたらたたのオドシじゃないとじらのはわかるのよね。ケイケン的に。

 

こんにちは、ねじまき鳥さん。

今は夜中の二時半です。まわりの人たちは材木みたいにぐっすりと眠っています。

 

考えてみてもほしい、どうすればものごとの効率がよくなるのか、戦後の歳月をとおしてそれ以外の哲学、あるいは哲学に類するものを我々日本人は生み出してきただろうか?しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性の明確さが消滅すれば、それは瞬時に無力化する。海の真ん中で遭難して方向を失ったときに、

力のある熟練した漕ぎ手が揃っていても無意味なのと同じだ。効率よく間違った方向に進むのは、どこにも進まないより悪いことである。

 

・N/A

相変わらずまどかが憧れているのはかけがえのない他人であって、うみちゃんが望んでいる恋人関係には惹かれるものがなかった。

ただ、がまくんとかえるくんや、ぐりとぐらのような、お互いの中だけにある文脈を育んだ、二人だけの唯一の時間が流れる関係性を人間の世界で得るのは難しいということも、年を重ねるにつれて理解しつつあった。別々の場所で暮らしながらも、一緒にごはんを食べたり、どこかに遊びに行ったり、見返りもなくやさしくしたり、それだけのことを続けるのには、人間なら恋愛感情が付随していないといけないようだと察していた。

 

・告白

なんぼ忙しかっても、うちの息子がえらいことしましたて親として謝ってくんのんがほんまとちゃうんかい。わしゃ、貧乏たれの百姓でおまはんとこの主さんは良衆の旦さんや。こら月と鼈や。提灯に釣り鐘や。しゃあけどな、娘いとしい、息子いとしいちゅう気持ちに変わりはあらへんねで。そりゃわしゃ詫び状出せ、香典出せ、言たわい。言たけど、それはな、こんな紙切れが欲しかったんとちゃうね。銭が欲しかったんとちゃうね。わしゃ、おまえとこの主に、申し訳ないことした、ちゅて腹から思て欲しかったんじゃ。しゃあから、詫び状出せ、香典出せ、ちゅたんや。なんやね、こんなもん。わしやな、こんなもん欲しかったんとちゃうんじゃ。こんなもん、こんなもんなんは貰たかて、娘は、くみはもう二度とかやってけえへんのんじゃ、なんじゃいこんなもん」

 

・SAVE THE CATの法則

土曜の晩に映画を観に来る観客は別に新しい作品など求めていない、と映画会社の重役たちが思っているからだ。何の予備知識もない作品か、一応見当のつく作品かを選んで観るとしたら、どちらに一〇ドル払うか?まあ普通、観客は危険な賭けはしないだろう?

っていうのが重役たちの言い分だ。たしかに一理あるかもしれない。「どんな映画なの?」と聞かれて答えられないような危なっかしい作品に、リスクを冒してまで一〇ドル払うわけがない。

 

何かを生みだすということは―映画のアイデア、登場人物の話し方、シーンなど何であれ―新鮮なひねりを加えるということだ。しかし、平凡でないもの、伝統を超えて一歩前進したものを作るには、まずはそれまでの歴史や伝統をよく知る必要がある。これまでに製作された何百本という映画、特に自分の書きたい脚本と同じジャンルの映画については徹底的に知っておくべきだ

2026/07/10

朝から京都へ。

 

京都やっぱ最高

京都でさまざまな人と会った。先生と久しぶりに話したり、バイト先の人と話したり。職員の方には自分はクソ勤務態度だったのによくしてくれて感謝しかない

 

夜は米国に行く某氏の送別会も兼ねて飲み会

めちゃくちゃ楽しかったし、鴨川で皇族の人権について飲酒しながら語るという学生っぽいことができて懐かしかった

やっぱり川は偉大

 

そのあと某氏と語り合う、まじで楽しかった

 

満足感高い1日

 

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アメリカ料理に唐揚げってどういうことなんだろう

2026/07/11

え!もう7月も10日まで終わったの??

えらいこっちゃ

 

仕事はまずまず慣れてきて、とても楽しい。自由にやらせて貰えるし、自分の取材が記事になった時や出来上がった誌面を見る時はとても嬉しい。

ナイスな職場やでほんま

いろいろ憂鬱なこともあるが、仕事が楽しいので耐えている

 

昼から大阪に向かって後輩の試合を観戦

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主力が欠けていた割に危なげなく?勝利

やっぱり点が入った時の興奮ってすごい

めっちゃ楽しかった

後輩たちとラクロスの話を少し

 

新幹線で爆睡

気づいたら東京だった

また次の大きな試合も見に行く

 

12時くらいに帰ってきた。

2026/06/29

百貨店でペコペコされるの、はずかしい

 

この日は初めてのひとりの取材の日

朝7時前から某スイーツを買うために並び、その後もほかのスイーツを買うために走り回った。取材の差し入れとしてお菓子を百貨店で買う時に時間の関係的上開店時に行かなければならず、地下の食品コーナーに開店の瞬間に入ったところ、全員がペコペコしていらっしゃいませと言っており、めっちゃシュールやし恥ずかしかった

 

 

 

 

取材はつつがなく?終わる

 

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買ったお菓子たち

帰って写真集のイベントの見学して、その後原稿書き始めたんやっけ

 

 

メモ代わりにしてた日記をのせる

2026/06/22

お仕事〜

ゆるゆるとやっておる。でもなんかいっぱいメールとか決めることとかあって大変かも。社会人レベル1すぎる。

 

仕事で文章を書くしそれが売り物の一部にならなければならいのに、採用時にほぼ文章をみる試験がないのヤバすぎる

 

なんか今日めっちゃ仕事感あった

いまだにいちいち色んなことに緊張しちゃう

大丈夫かしら

 

退勤後、お魚を食べた

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今週結構大変やけど頑張るぞ!

 

来週入稿したい!!