多かったから2個目
長すぎる!
・職業としての編集者
【↓これまじですごすぎる】
そもそも、どういう事実や思想を世の中に伝えねばならないか、どういう知識を広めねばならないか、どんな学者や思想家を社会に紹介しなければならないか、どういう人にどういう著作を書いてもらわねばならないかーこういう問題を考えて判断してゆくのが編集者というものの本来の仕事ですけれど、同時にそれだけでなく、それが実際に本となって市場に出てゆき、読者に読まれて、その内容が読者の精神に取り入れられるための、いろいろな条件も十分に考えあわせることができなければいけないのです。
私の半生は、私のように大学を出た仲間、私のような階級に生まれた友だちにくらべると、ずいぶん苦労の多かった半生でしたけれど、この世の中の大多数の貧しい人々にくらべたら、それですら恵まれたものといわねばなりませんでした。しかも、その人たちのおかげで、私は長い間、自分の好きな学問もやって来られたのです。いまや、こういう時勢にめぐりあって、そういう人々の運命にかかわる事柄について、少しは本当の報道を伝え、正しい世論を作りあげるのに役立つことができるのだとすれば、いそがしいというくらいのことは、どんなにでも我慢のできることだと思わねばなりませんでした。
・おもちゃの指輪がほしいねん
手紙を書くというのは本当にいいアイデアだと思います。あなたに伝えたかったうちの想い、あなたかか好きだということを、一番最初に書くことでこれまでの混沌が嘘みたいに整理されたんです。「大好き」という軸さえあれば、他はできるだけ、たわいもないことがいいです。たわいもなさの中にこそ、「大好き」が光り輝くから。正解も結論もない、役に立たない色んなこと。それを少しでもカオルさんと共有できたらどれだけ楽しいやろうか。
「明日の予定はあるの」「いえ、ありません」という会話をしたかった。あるいは「今日は帰りたくありません」と言えるうちの大胆さに期待しました。そんな大胆さはどこにも持ち合わせていないにもかかわらずです。うちが中学生の頃から憧れる情景や好きな女性とのやり取りは、いつだっていつかどこかで見たメロドラマのようでした。みんな、陳腐なものをありきたりだ、つまらない、くだらないと言います。でもうちは陳腐が好きです。陳腐であればあるほどいい。この世界から陳腐な物事がなくならへんのは、陳腐にこそ「本当」があるはずやから。
・読者ハ読ムナ!
編集者は最終的なアウトプットでしか判断しません。だけど、それは読者も同じだから。作家が何を考えてそうしたのかとか、どのくらい時間をかけたのか、そんな途中経過は知ったこっちゃないんですよ。編集者がそこで妥協したら、読者に「なんじゃこりゃ」って思うようなものを出すことになっちゃうわけでしょう。それはできない。新人に対して簡単にドアを開けちゃう編集者はよくない編集者だと思う。結局、1回連載を取れたところで、あとからその新人は苦労する。だから「壁」扱いされても「門番」扱いされて作家に嫌われても、厳しくしますよ、そりゃあね。
「好き」には、本人だけの「こうあるべき」が凝縮されているんだ。「おれ、〇〇が好きなんだ」というところは、他人からどう言われても動かないところだから。そこが個性で、そこを伸ばさなきゃいけない。好きな漫画、好きな映画、好きな本は?.....って、ここに入ってきたとき聞いただろ?それこそが、個性なんだよ。つまりキミの「オリジナリティー」そして「武器」。
「門番」としての編集者の気持ちをクリアするのが第一関門。その向こうに広がっているのが大読者。大読者は、編集者どころじゃなく厳しいよ。すっっっっっげーおもしろい漫画を描かないと、食いついてきてくれない。興味を示してもくれない。読んですらくれない。
・女生徒
机に頬杖ついて、ぼんやり窓のそとを眺める。風の強いゆえか、雲が綺麗だ。お庭の隅に、薔薇の花が四つ咲いている。黄色が一つ、白が二つ、ピンクが一つ。ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの。
「お父さん」と呼んでみる。お父さん、お父さん。夕焼の空は綺麗です。そうして、夕靄はピンク色。夕日の光が靄の中に潜けて、にじんで、そのために靄がこんなに、やわらかいピンク色になったのでしょう。そのピンクの靄がゆらゆら流れて、木立の間にもぐっていったり、路の上を歩いたり、草原を撫でたり、そうして、私のからだを、ふんわり包んでしまいます。私の髪の毛一本一本まで、ピンクの光は、そっと幽かにてらして、そうしてやわらかく撫でてくれます。それよりも、この空は、美しい。このお空には、私うまれてはじめて頭を下げたいのです。私は、いま神様をじます。これは、この空の色は、なんという色なのかしら。薔薇。火事。虹。天使の翼。大伽藍。いいえ、そんなんじゃない。もっと、もっと神々しい。
「みんなを愛したい」と涙が出そうなくらい思いました。じっと空を見ていると、だんだん空が変ってゆくのです。だんだん青味がかってゆくのです。ただ、溜息ばかりで、裸になってしまいたくなりました。それから、いまほど木の葉や草が透明に、美しく見えたこともありません。そっと草に、さわってみました。
美しく生きたいと思います。
美しさに、内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。きまっている。
・苦海浄土
安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば、生者たちの欺瞞のために使われる。
どのようにこまんか島でも、島の根つけに岩の中から清水の湧く割れ目の必ずある。そのような真水と、海のつよい潮のまじる所の岩に、うつくしかあをさの、春にさきがけて付く。磯の香りのなかでも、春の色濃くなったあをさが、岩の上で、潮の干いたあとの陽にあぶられる匂いは、ほんになつかしか。
そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱりいで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。
自分の体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足でちゃんと体を支えて踏んばって立って、自分の体に二本の腕のついとって、その自分の腕で櫓を漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺんー行こうごたる、海に。
水俣病事件もイタイイタイ病も、谷中村滅亡後の七十年を深い潜在期間として現われるのである。新潟水俣病も含めて、これら産業公害が辺境の村落を頂点として発生したことは、わが資本主義近代産業が、体質的に下層階級侮蔑と共同体破壊を深化させてきたことをさし示す。その集約的表現である水俣病の症状をわれわれは直視しなければならない。
・1R1分34秒
日常を生きながら、腹一杯食えるよろこびを味わいながら、当たったかもしれなかったパンチ、避けられたかもしれなかったパンチ、耐えられたかもしれなかったダメージ、これをしておけば勝てたかもしれない練習、それをしておけば勝てたかもしれない心がけ、そのような実のない思考に陥りながら、自問自答をふくめて「おまえはあたまで考えすぎなんだよ」とあと何万回いわれるだろう?でも空が青い。
才能?気がついたら泣いていた。ジワッと汗ばんだ肌に溶けて、みえない涙。そのことばを信じたい。だけど信頼まであと一万光年。ニラウンド終了のブザー。あとはなにもおぼえていない。
・蹴りたい背中
力強く言われて、不覚にもじんときた。先生から目をそらしながら、泣きそうになる。
やっぱり先生は嫌いだ。
認めてほしい。許してほしい。櫛にからまった髪の毛を一本一本取り除くように、私の心にからみつく黒い筋を指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい。
・School girl
ものごとを見た目で判断してはいけないと世間はやかましく言う。でも本当にルッキズムが完全に存在しなくなったら、花の立場がない。美しいだけが取り柄の花は価値がなく、摘まれたほうがよいというのだろうか。もともと花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛したのも人間なのに、今さら話が違うじゃないか。
でも彼を良い人たらしめているのは、彼自身の良さによるものじゃない。ただ当然の結果として良い人になっただけだ。精神的、経済的に安定した親が二人も揃っていれば、そんなの普通に生きているだけでもう、悪い人になりようがないじゃないかと、ことあるごとに思ってしまう。生まれたときから良い人になることが約束された人が振りまく、邪気のない愛情が癇に障ってしかたない。
何気ない雑談を額面どおりに受け取ってくれる素直な人って、最近はもうどこを探してもいない。何風の何、なんて考えだしたら何風の何風の何風の何風の・・・・・といつまでもきりがない。いろいろな立場のいろいろな事情に配慮した、誰も傷つかない言葉を追求していくと、誰も自分のことなど説明できなくなる。
・修辞的思考
私は、この本を、何よりも国語教師のための「啓蒙書」として書いた。これによって、ある言語作品のもつ説得力を、すべてレトリック、技巧の問題に還元して論じ切る姿勢と方法とを伝えたかったのである。しかし、啓蒙書だからといって、そのレヴエルを学術論文よりも落とすつもりは毛頭なかった。読者に本を選ぶ権利があるように、著者にも読者を選ぶ権利があるなどと考えたからではない。レヴェルを落とさぬ啓蒙書を書くことによって、私自身の修辞的思考が試されると思ったからである。だから、もし本書が読みにくかったとすれば、それは私にとって大変辛いことだ。もっとも、『修辞的思考』という書名に興味をひかれてこの本を手にしたほどの読者であるなら、必ず中身も気に入ってもらえるであろうことは信じて疑わないのであるが。



